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今年はお世話になりました!

今年も後2日。今年一年お世話になりました。

今年早々新選組の同好会に入ったりして新選組関連のイベントに参加したりオフ会に参加したり新選組一色な年でした。

今まで新選組に関してはネットで検索したり交流もったりしたことなかったけど、イベント等でお会いした方々とネットでもオフでもお会いして楽しいひと時を過ごすことができました(^^)
新選組が好きだという縁で会った方々はみんないい人たちでした^^
来年もよろしくお願いします。

正月に姫路(亀山本徳寺)・京都旅行に行ってから京都5回、会津、愛媛、関ヶ原・近江と歴史関連の旅に加え日帰り、一泊の行楽地バス旅行と今年はいろんなところを旅した一年になりましたね。

大三島で見ず知らずの村上水軍の子孫のおばさんに親切にして貰いましたが、最近行った近江の石田三成の生家跡地側と浅井家縁の地でまたもや見ず知らずにあった方に親切にして貰ったりと、サプライズな思いでもできました^^
その思い出については関ヶ原に行った感想とともに改めて書きたいと思います。

来年は、函館に行きたいです。

関ヶ原と近江にまた行きたいです。

黒田家縁の地巡りもしたいです。

京都とくに伏見の戦国時代の史跡をまわってみたいです。

また新選組はもちろんのこと祖先の河野水軍についても色々と勉強したいですね。

でも、1月早々転職したりしばらくバタバタして実現するには先になりそうです。

来年もよろしくお願いします。
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播磨灘物語をドラマ化して欲しい!!

ちょっと前から、黒田長政か黒田官兵衛の本読みたいなあと思ってたんです。
そういえば、司馬遼太郎さんも黒田官兵衛の小説書いてたよなあと播磨灘物語買ってみました。

ちなみに前も書いたかもしれませんが私、司馬さんの本は燃えよ剣と血風録と新選組の短編2作しか読んだ事ありませんでした。竜馬はすぐ挫折しました。

一巻は、なかなか進まなかったんですが読んでいくうちにものすごく嵌ってしまいました(^^)

黒田官兵衛については一般的なことしか知らなくて、長政のお父さんで秀吉の軍師というくらいの認識。

昔見た戦国時代の秀吉のドラマって黒田官兵衛のこと腹黒いあまりいい人じゃないぽく描かれたりしてたし、戦国時代好きな人に、福岡の筑前出身だから戦国時代だったら藩主の長政が好き!!て言うと、ああ官兵衛のアホ息子ね!!て馬鹿にされたりして父子を比べられたりして官兵衛をちょっと敬遠していました。

でも、播磨灘物語読んでめちゃくちゃ黒田官兵衛好きになりました。
軍師最高です!!この衝撃は、燃えよ剣の土方さん以来ですね。

司馬さんて、トップよりも参謀的な役割の人好きだなあとか思ってたらあとがきに私は黒田官兵衛が好きなのであると書いてありました^^
確か、司馬さんは生前自分の作品で気に入ってるのは燃えよ剣と播磨灘物語と言ってたと聞いたことあります!

司馬さんの作品の『関ヶ原』と『新史太閤記』にも黒田官兵衛が登場するということで購入して読みました。
『新史太閤記』はまあまあだったけど『関ヶ原』は凄く良かったです。

息子の長政がいい意味でも悪い意味でも東軍の方で工作してて結構活躍してましたし、最後の官兵衛の活躍と締めも凄く良かったです。

関ヶ原は最初、石田三成側から話が進むんですが、東軍派なので石田三成は悪くてあまり好きではなかったんですがこの小説読んで、三成に対しての印象ががらりと変わりました。というか、三成が処刑された時は泣きました。

司馬さんの戦国物がもっと読みたくなり『城塞』を購入。これもなかなか面白かったです。
お夏という架空の女性が登場するのですが、司馬さんもツンデレキャラ書くんだなあと思いました^^

そして、『覇王の家』と『豊臣家の人々』を買って覇王の家を今読み始めたところです。
というわけで、現在戦国ブームが個人的に来てて関ヶ原に行ってみたくなり今日夜行バスで行ってきます^^

松山城と先祖縁の地~旅レポ⑦~

大街道駅で下車して松山城に向かいます♪

坂の上の雲ミュージアムや秋山兄弟関係の史跡も途中にあるのですが今回は寄らずに松山城まで一直線!です。
徒歩7、8分くらいでロープウェイ乗り場へ。
私はロープウェイではなくリフトで移動しました。
松山はその頃は紅葉があまり進んでなかったのですが山の上を空中で移動するのはとても気持ちいいものでした^^
松山城は勝山という山の山頂にあります。
賤ヶ岳の七本槍の1人、加藤嘉明が関ヶ原の合戦後に築城を開始し、後に加藤嘉明と代わって松山に入った蒲生忠知の元で完成したとのこと。
この2人の名前は会津の鶴ヶ城でも目にしたので興味がわきました(^w^)
この2人会津と松山の藩主をチェンジしてて面白いなと思いました。

それで、前の所で聞いた話ですが、松山に残ってた河野氏の一部の人が加藤嘉明が会津に移動したと同時に会津について行かず、残りもせずなぜか筑前黒田藩に仕える為福岡に移動したそうです!

水軍として生活してたでしょうから、会津は山の方だからついて行かなかったんでしょうかね?

もし、その河野氏の一族が会津についていってたら会津にも河野氏子孫がいたかもしれないなと^^

黒田長政と加藤嘉明の間で河野氏出身の家来の引継ぎとかどういう経緯でしたんだろとか想像すると面白いなと思いました。
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松山城の今ある天守閣は加藤氏、蒲生氏が築いたものではなく、後に入った家康の甥にあたる家系の松平(久松)氏が再築したものだそうです。

3階建てでそんなに高くないのですが当時のままの城で中の階段が黒谷さんの山門の階段のように急でして怖かったです。でも、歴史を感じていいなと思いました。
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天守閣から、私の出身の庶家のある方の領だったという地区を写真で撮りました。

松山城を出て写真を撮った地域へ電車で移動。
そこの地域にある成願寺に行きました。
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こちらの境内にはこんな石灯篭がありました♪
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この石灯篭は、私の祖先が仕えてた藩の主が奉献したもののようですが、その石灯篭がこの縁の地にあるというのが不思議でした。

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湯築城跡地~旅レポ⑥~

今治から松山まで電車で移動しました。その時期は坂の上の雲の放送を控えてろということで松山どこに行ってもポスターなどが貼ってあって盛り上がってましたね。
駅前には正岡子規の俳句?の石碑がありましたが、それをちょっと見ただけですぐ観光案内所でホテルの予約をしました。
観光客がいっぱいだったので泊まれるホテルがあるか心配でしたがすぐに見つかりました^^
その日はそのままホテルでゆっくりして翌日早く起きて路面電車で道後温泉の手前の駅道後公園で下車しました。
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道後公園の場所には昔、湯築城という河野氏のお城があったそうです^^

1300~1400年の間に河野氏によって建てられた湯築城。
1585年、豊臣秀吉の四国征伐で当時、長宗我部元親の配下にあった河野通直は豊臣方についた小早川隆景に攻められて降伏したそうです。
河野通直が最後の河野氏の当主となりました。伊予の大名、河野氏は滅亡したそうです(T△T)

河野氏が滅びた原因の1つは、本家VS庶家の争いだったとか。
河野氏庶家の末裔になる私の親戚同士が恥ずかしながら、あまり仲良くなかったりしますが・・・遺伝(笑)というか・・・因果関係あるんでしょうか・・・?^^;


道後公園内にある湯築資料館で河野氏に関するNHK政策の映像や資料を見ました。

映像見ながら河野通有さんかっこいいとか思ってしまいました。

ここでも施設の方に、河野氏と祖先のことを質問しました^^

私の庶家の方では、細川頼之氏、西園寺氏、毛利(小早川?)、長宗我部などの家臣に名前が出てくるようです。
また、伊予に残ってる人もいて(当時は、藤堂.加藤領)、関ヶ原の戦いの時は、毛利氏から味方するようにみたいなことを書いた手紙なんかもあると言ってました。

色々お話してくれたんですが、黒田家には結びつかないなあ・・・(::)と

庶家の人に正岡子規とか伊藤博文とか有名な人が出てれば、自分で調べなくても研究家とかが詳しく調べてくれるてるからそれを見ればいいんですけど、残念ながら私が出てる庶家の人には有名人がいなくて自力じゃないと分からないんですよね・・・(TT)
て愚痴てたら係りの方に笑われました^^;

でも、うちの庶家じゃないけど河野氏の他の庶家や家臣の方が筑前黒田藩に何人か仕えてるということを教えてくれました。
その中の経緯で1つ面白いなと思ったことがありましたが後で書きます。

色々貴重な話しを聞いた後、河野氏の本を1つ買い資料館を出ました。


それから近年、公園に隣接した動物園移転に伴なった工事で発掘されたという、河野氏の家臣の武家屋敷跡を見学。
この発見によって河野氏の研究も徐々に盛り上がっていくんではないかということでした。

道後公園から再び路面電車に乗って、大街道駅へ。

今治城と藤堂高虎像~旅レポ⑥~

大三島からバスで今治に到着。

町のお店の看板を見ると『海賊料理の店』とあって食べてみたい!!と思ったんですが1人ではちょっと入りにくいのでやめました^^;海賊料理はやっぱり大勢で食べないとね。
ていうか、海賊料理ってどんな料理なんでしょうね?
私の頭にはワンピースに出てくるような料理を想像してしまうんですけど(笑)
そうそう、ワンピースの映画が公開された12日はルフィの声を担当されてる田中真弓さんの劇団の公演を以前アニメワンピでお仕事してた某さんと見てきました(^^)
帰りに品川で適当にお店入ったら、島津の家紋が入った薩摩のお店でしたが薩摩隼人かなにか知りませんが店人のおじさんが愛想凄く悪かったです池田屋の店員さん見習え!!と思いました^^;

またまた話それてしまいましたが・・・

今治駅からバスで今治城へ♪

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今治城は藤堂高虎によって築かれたお城ですが現存しているのは石垣と堀だけで天守や鉄御門は復元したそうです。
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今治城は三大水城 といわれるだけあってお堀が立派でした(^^)
お堀には海水を引き入れてるそうで魚がけっこういっぱい泳いでましたね^^

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天守からはしまなみ街道が見えました♪
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本丸には立派な藤堂高虎像がありました。
藤堂平助が藤堂公ご落胤ならご先祖にあたる人ですね。

藤堂高虎は築城の名手といわれてることから吹上神社もあり建築関係者がお参りにくるそうです。

源義経はお洒落だった?~旅レポ⑤~

紫陽殿・国宝館は国宝の鎧や刀が沢山展示されてました^^

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こちらの赤糸の威鎧は 源義経が奉納したものなんだとか!
うすいピンクに花の模様・・・桜をイメージしてるのかな?
源義経は小さい頃に子供向けの伝記本を読んだくらいで全然詳しくないですけど、イケメンのイメージがあってこの威鎧は似合うんじゃないかなと思いました。
源頼朝の威鎧も展示してあってこちらはうすい青ぽい色のもので花模様とかはありませんでした。
どちらの威鎧みても、やはり現在の男性の平均の体型よりも全然小柄だったんだなあと思いました。
他に平重盛や木曽義仲、藤堂高虎や有栖川熾仁親王の物や楠木正の首をはねた太刀なんかもありました(@○@)

それから、河野通信、河野通有など河野氏 関係の国宝の品を見て感激しました^^

見ごたえ充分でしたが、広い部屋に昔の鎧や兜がいっぱい展示してあるんですが1人で見てるのはちょっと怖かったです。
でも歴史好きにはたまらないと思います(☆▽☆)

大山祇神社の方に、河野氏のうちの庶家がどういう経緯で黒田家に仕えるようになったかが謎なので何か知りませんか?黒田氏は織田・豊臣側で河野氏からすると敵なのに何故?かとか今回の旅行で分かったらいいなと思うことを訪ねました。
他の見学者が来訪る中、親切対応してくれました(^^)
明確なことは分からなかったんですが、河野氏は、毛利氏の家来とかと血縁関係結んだりして毛利・小早川氏と親密になってたけど、みんながみんな毛利氏側じゃなくて、織田や豊臣方の大名とかについてる人もいたそです。
それから、福井、神奈川、岩手に移り住んだ人もいるそうです。

話が結構弾んで河野水軍の話から大河ドラマの話まで・・・楽しかったです。
豊臣秀吉が嫌いだと言うのは、河野氏寄りの人がいうのはわかるんですが毛利元就も余り好きじゃないと言ってたのがちょっと以外でした。
好きで毛利側についたわけじゃなくて残るためにしょうがなく毛利についたんだみたいなことを仰られてました。

ちなみに、前から言ってますが私は、豊臣秀吉は好きです^^

河野氏の庶家の子孫としったのが最近だからってのもありますけど、やっぱり低い身分から天下を取ったのは凄いと思います。

訪問者も増え、邪魔しては悪いと思い後にしました。

最寄のバス停へ戻り、今治駅前行きのバスに乗りました。

この路線バスは広島から出てるそうですが大三島をはじめ瀬戸内の島々を横断する、しまなみ海道を通って四国本土の今治駅前まで運行しています。
橋を何度か渡るんですが景色がまた素晴らしかったです。旅してる!!と実感できましたね。

国宝がいっぱいの大山祇神社~旅レポ④~

今回の旅は3部構成になってます^^
一部、京都で御陵衛士のお墓参りをメインとした新選組の史跡プチ巡り。
二部、うさぎの島の大久野島でうさぎと戯れる。
三部、祖先の河野氏の史跡を巡る。
というわけで、大三島からは三部になります。

まずは、河野氏の聖地といわれてるという『大山祇神社』へ泊まった旅館の側のバス停から大山祇神社に移動。
大三島はみかんの生産地ということでみかんが至る所になってました^^

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大山祇神社最寄のバス停を降りて目に留まったのがこの石碑。乃木さんの書だそうです。securedownload_20091209004035.jpg
ちらの字は伊東博文のものだそうです。
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伊藤博文は河野氏の末裔で「先祖は河野通有の裔で、淡路ヶ峠城主の林淡路守通起である」といってたのだとか。
ちなみに、久坂玄瑞も河野氏の末裔なんだそうです。(一緒に蛤御門の変を企てた来島又兵衛は村上水軍の末裔だそうです。)securedownloadCAHBLU71.jpg
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大山祇神社の賽銭箱に河野氏の家紋が!
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内閣総理大臣となった伊藤博文が植樹した公記念楠樹です。写真もありました。

大山祇神社は平安時代から「日本総鎮守」と崇められてたそうで海上自衛隊、海上保安庁の幹部、造船会社、船を扱う仕事の会社、保守系の政治家などが参拝に訪にれるようでいっぱい写真が飾られてました。

昭和天皇の海事博物館を訪問したのか?現皇太子様や三笠宮様の写真もありました。(ちなみこのお二方は某所で拝見したことがあったりします^^)
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河野通有が大山祗神社に祈願しに来た時に兜をかけたとされる樹齢1000年以上の楠木。

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こちらは河野氏の子孫の一遍さんが奉納した灯篭です。

こんな感じで、広い境内の中だけでも歴史を感じる自然や建立分などがあり見ごたえ十分な大山祇神社でしたが敷地内にある紫陽殿に展示してる物が国宝いっぱいで圧巻でした!!

ご先祖縁の島で一期一会♪~旅レポ③~

おばさんとおばさんが乗って来たバスの運転手の方が、潮風が寒いからフェリーが来るまでバスの中で待ってなさいと言って下さったのでお言葉に甘えてバスに乗らせてもらいました。

どこから来たのと聞かれたので東京からうさぎに会いに来ました泊まれませんでした。大三島だったら泊まれるホテルか旅館ありますかね?と聞くと旅館などの連絡先が載ったしまなみ街道のパンフレットを下さいました^^

そして、おばさんが『富士見園』なら泊まれるかも知れないから電話して見たらと言われたので電話して見ると泊まれると言うことでほっとしました。
旅館の方にフェリーが着く大三島の盛港からそちらへ行くにはどうやって行けばいいですか?と尋ねていると!おばさんがじゃあ私が連れてってやるよと言って下さいました(^^)

おばさんの親切に感激しました。
フェリーが来たので運転手さんと別れ2人でフェリーに乗り込みました。
忠海から乗ったフェリーは写真のように定員100名でしたが大久野島から
乗ったフェリーは車も乗れる定員も倍以上乗れる大きさでしたが、この日乗った便には私とおばさんの2人だけでした♪
こういうフェリーに乗ったのは小さい頃に乗った若戸フェリー以来です^^

2階の毎日座ってるというおばさんの特等席の隣に座らせ頂きました♪

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フェリーに乗ったのが夕日が沈む少し前で、素晴らしい景色を見るには絶妙な時間帯です(☆▽☆)

写真撮るの下手で瀬戸内海の島に沈むオレンジ色の太陽が沈む素晴らし写真を撮ることができずお見せできないのが非常に残念です。

おばさんは、大三島から大久野島へ働きに来てるとのこと。そして、同じ便のフェリーで帰るとのこと。
毎日、この絶景を見てるとのことで羨ましいですね!と言ったら嬉しそうでした。

フェリーの中でおばさんと楽しくお話^^

大三島と松山に行って、先祖の河野氏関連の史跡を旅するんです♪といったら、おばさんはなんと村上水軍の子孫なんだとか☆
村上水軍といえば日本の水軍では一番有名ですよね。
私は、大河ドラマ毛利元就でその存在を薄っすら知りました。

毛利元就自体にそんなに興味持たなくてよく覚えてません。

ちなみに、今は亡きおじいちゃんがドラマ見ながら俺の祖先も海賊だったんだぞ。水軍は今でいう海賊みたいなもんだと言ってたのを思い出しました。当時は、小さかったし、海賊なんて非現実なものが先祖だと思えなくて冗談だと思ってすっかり忘れてました^^;
祖先が、河野水軍の庶家だと知って、河野水軍を調べてると河野水軍と関係がある村上水軍の情報もでてくることがあります。それで思い出しました・・・おじちゃん、冗談だと思ってごめんね^^;

ちょっと話がずれましたが、おばさんが村上水軍の子孫と知って親しみを感じました^^

10分弱でフェリーが大三島へ到着♪

地理感覚が全くない私は、港降りて徒歩圏内に富士見園はあると思ってたんですが、なんと車で行かないと厳しい距離だとか。

おばさんは小さい軽トラックだけどいいかしらと言われましたが、見ず知らずの私を乗せて連れててくれるだけでありがたいです!!とことで乗せていただきました。

私は、明日は『大山祇神社』に行こうと思ってたので行き方を聞きました。
すると、おばさんが富士見園の近くにバス乗り場がある。時刻表も見てから旅館へ行こうと言って下さいました(T▽T)

一緒に時刻表を見てから富士見園へ送ってもらいました。

盛港から富士見園まで結構な距離な上、おばさんのお家は富士見旅館とは逆方向な道なんだそうです。

仕事からの帰路で疲れてるところすみませんありがとうございましたと言ったら、私が送るって言ったんだから気にせんでいいよと言ってくれました。

全然知らない今日会ったばかりの私にこんなに親切にして下さるなんて・・・こんな時代に・・・言葉じゃ表せないほどの感動を覚えました。
おばさんと会って、富士見園まで1時間くらいの短い間の出会いでしたが、昔から知ってる親戚のおばちゃんみたいな感じで別れる時、ちょっと寂しい気持ちで涙が出そうになりました。

おばさんが教えてくれた富士見園の泊まったお部屋は角部屋で窓からは瀬戸内海の海が(>w<)

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左の山は広島県です。この山を富士に見立てて富士見園と名が着いたそうです。

夕食は旅館の敷地にある割烹で瀬戸内海の美味しい魚介料理を味わいました(^^)
サザエのつぼ焼きとか、鯛めしとか、お刺身の盛り合わせとか鯛の頭煮とか出てきましたが、キスを開かずに丸々揚げた天ぷらを塩で頂いたのが一番美味しいと思いました(^w^)

料理と一緒に頂いた地元の梅酒も美味でした。

朝食もまた豪華でしたよ。

仲居さんと世間話してたら、若い方だったんですけど京都出身の方で上京区の京都御所の近くの生まれなんですって。良いとこに生まれましたね。とかこの前京都御所行って来たんですよとか京都のお話をしました♪

大久野島に泊まれなかったのは残念でしたが泊まれてたら、おばさんとの一期一会も京都生まれの仲居さんとの一期一会もなかったと思うので泊まれなくて大三島に泊まったのは良かったと思います(^w^)

また、大三島というのは先祖の河野水軍と大変深い縁のある島だということでそういう場所で素敵な出会いができたことをとても嬉しく思いました。

うさぎと兎人の楽園~旅レポ②~

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忠海の港からフェリーで、大久野島へ。片道約10分くらいの船の旅でした。
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島がいっぱいありすぎて、『大久野島を探せ!』状態でキョロキョロしてたらあっという間でした。
そして、ついに上陸!

船から降りると乗り場付近で寛ぐうさぎやら、走ったり飛び跳ねたりするうさぎ発見!!

大久野島には野生のうさぎが約300匹いるんだとか。
うさぎ好きの兎人にとっては夢の島であります。
私は、小さい頃からうさぎが好きで昔、うさぎも飼ってました^^
大久野島のことを知ってからは一度でいいから行ってみたいと思いついに実現しました☆
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うさぎは、私を見るなり手提げ袋に餌が入ってると思ってるようで一斉に猛ダッシュ=3して
取り囲みます(>▽<)
でも、ゴメンなさい。餌は持ってないです!急いで買って来ます!てことで

無料バスに乗って休暇村の宿泊場へ行きフロントで売ってる餌を大量購入して自転車レンタルして島一周します。

うさぎを見つけると自転車を降りて餌を出そうとしているとあっという間にうさぎに囲まれてしまいます^^
こちらのうさぎは、野生ですが人間にすごく慣れていて手から直接餌を食べたり餌の催促をしたりして来ます^^

サラリーマンの若い男の方もいてベンチに座ってボーとしてる方もいましたがうさぎ好きなんでしょうか。


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大久野島、今はうさぎの楽園となってましたが戦争してたころは日本軍の毒ガスを作っていたという暗い過去があり、当時の建物のも残ってて廃墟マニアにも堪らない島なんだそうです。
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現在の大久野島は、景色も最高でまさに楽園です。一度だけでも!と思ってましたがまた行きたくなりましたね。

今夜は大久野島へ泊まろうと思ってたら満室でした(TT)
しょうがないから、フェリーで大三島へ移動して今夜の宿を探すことにしました。
フェリー乗り場で大三島行きの最終便を待ってると同じく一緒の便を待ってるおばさんに声を掛けられました。
これが、思い出に残る一期一会となりました(^^)


※うさぎ島に興味をもたれたかはこちら→大久野島 国民休暇村

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