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松山城と先祖縁の地~旅レポ⑦~

大街道駅で下車して松山城に向かいます♪

坂の上の雲ミュージアムや秋山兄弟関係の史跡も途中にあるのですが今回は寄らずに松山城まで一直線!です。
徒歩7、8分くらいでロープウェイ乗り場へ。
私はロープウェイではなくリフトで移動しました。
松山はその頃は紅葉があまり進んでなかったのですが山の上を空中で移動するのはとても気持ちいいものでした^^
松山城は勝山という山の山頂にあります。
賤ヶ岳の七本槍の1人、加藤嘉明が関ヶ原の合戦後に築城を開始し、後に加藤嘉明と代わって松山に入った蒲生忠知の元で完成したとのこと。
この2人の名前は会津の鶴ヶ城でも目にしたので興味がわきました(^w^)
この2人会津と松山の藩主をチェンジしてて面白いなと思いました。

それで、前の所で聞いた話ですが、松山に残ってた河野氏の一部の人が加藤嘉明が会津に移動したと同時に会津について行かず、残りもせずなぜか筑前黒田藩に仕える為福岡に移動したそうです!

水軍として生活してたでしょうから、会津は山の方だからついて行かなかったんでしょうかね?

もし、その河野氏の一族が会津についていってたら会津にも河野氏子孫がいたかもしれないなと^^

黒田長政と加藤嘉明の間で河野氏出身の家来の引継ぎとかどういう経緯でしたんだろとか想像すると面白いなと思いました。
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松山城の今ある天守閣は加藤氏、蒲生氏が築いたものではなく、後に入った家康の甥にあたる家系の松平(久松)氏が再築したものだそうです。

3階建てでそんなに高くないのですが当時のままの城で中の階段が黒谷さんの山門の階段のように急でして怖かったです。でも、歴史を感じていいなと思いました。
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天守閣から、私の出身の庶家のある方の領だったという地区を写真で撮りました。

松山城を出て写真を撮った地域へ電車で移動。
そこの地域にある成願寺に行きました。
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こちらの境内にはこんな石灯篭がありました♪
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この石灯篭は、私の祖先が仕えてた藩の主が奉献したもののようですが、その石灯篭がこの縁の地にあるというのが不思議でした。
黒田家が送ったものが福岡ではなく何故愛媛に?

ご住職さんに尋ねたら何故こちらのお寺に来たのかよくわからないとのことでした。
何でも、ご住職の縁戚にあたる東京のご住職が送るからねと言われ送ってきたのだとか^^;


とりあえず、私の名字と出身と河野家のことを話つと、ここ○○(私の名字)地区だよ!と話にちょっと興味盛ってくれたようでした。
それで、今は東京に住んでるといったら、これを送ってきたご住職さんのいるお寺と連絡先を教えてくれて尚且つ電話で話しとくから行ってみたらと親切に教えてくれました^^
今まだ行けてないんですがそのうち行ってお話しを聞いてみたいと思います。

こちらに届いたのが特に理由はなかったとして、偶然にしてもそれはそれで面白いなと思いました。

そして、お寺を後にして向かったのが、河野氏発祥の地です。
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こちらの善応寺の最寄のJR駅が無人で田んぼ?の真ん中にある感じののどかなとこにありましたタクシーも通る気配は全く無し(:;)
犬の散歩してるおじさんに場所と徒歩でどのくらいかかるか聞いてみると10分あれば余裕でつくよと教えてくれました!
10分くらいならと歩いて向かいました。・・・しかし、10分歩いても20分歩いても30分歩いてもそれらしきお寺が見えません(:;)
タクシーが通るのを期待しつつもやはり全く来ません。途中何度も引き返そうかなと思いました。
日も徐々に低くなっていきます。いい年して涙目になりつつも50分くらい歩いて漸くつきました。

誰もいない寂しい感じでしたが、来て良かったなと思いました。

もうちょっと早い時間ならご住職さんとかに話を伺いたいと思いましたが、18時近かったのでやめました。

そして、岡山~姫路とJRで移動した後、寝台列車で東京に帰りました。


行き当たりばったりな旅でしたが結構楽しかったです。

松山は、今は秋山兄弟と正岡子規で一色だけど、新選組ファンとしては左之助と谷兄弟だね!と思います^^w

やっと一ヶ月以上前の旅のレポをやっと終えました。

実は明日の夜から関ヶ原へ行ってきたいと思います。
実は、最近司馬遼太郎さんの戦国時代の小説にはまってまして^^;

もっと後に行く予定でしたが、今日急遽、仕事の環境が変わることになりまして一月早々かなりハードです。
なので行けるのは今週しかないと思い急遽行くことにしました。

仕事の関係で当初、来年の1月31日に予定してた青山霊園めぐりを予定変更しなくてあいけなくなりました。ご迷惑掛けてすみません(><)
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コメント

No title

ご先祖様のことを知りたいという動機と熱心さの賜物で随分解明できて良かったですね。その探究心はとてもまねできません。
蒲生氏郷が会津の領主になったのはその英知を信長が買われたようで、孫の忠知も松山で善政を布いたようですね。石垣が見事なお城です。
お蔭様で随分勉強になりました。
河野氏の菩提寺善応寺、歩いて10分ではなく十分のようでしたね。
司馬さんの本は歴史を巧みに小説にちりばめ、本当に読者に読みやすくしてありますからはまりますね。私はひさっちさんに到底及びませんが少しずつ読もうかなと思っております。

レポ詳しく書いていただいて、四国を廻ったような気分です。
有難うございました。

Re: No title

>早々さん


蒲生氏・・・そうだったんですね!!早々さんはいろんな時代にとってもお詳しいですね♪私こそ勉強になりました^^

司馬さんの本、何世代と読み続けられてるだけあって面白いなって思いました^^

話は記事内容と変わりますが、dandaraさんから連絡あったと思いますが青山霊園の件予定の日が駄目になりすみませんでした。日は変わりますが青山霊園は皆さんと周りたいと思ってます。

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